その辺のSWEの日記

平成生まれのITエンジニアです。IT企業の愚痴を投稿し続けます

野球は考えなくていいスポーツになったのか?

僕は小さい頃からイチローさんのファンで、周りに叩かれながらメジャーに挑戦して首位打者などの金字塔を打ち立てるとかいう漫画でもないような主人公っぷりには本当に感銘を受けて、辛い時には動画とか見て励ましてもらってました。

 

引退会見で言っていた内容も大半が心にくる名言だったのですが、

ある一節には全然納得できませんでした。

3年前、イチローさんが引退会見で警鐘を鳴らしていました。大リーグのベースボールを「頭を使わなくてもできる野球になりつつある」と表現した上で「日本の野球は頭を使う面白い野球であってほしい」と。

news.yahoo.co.jp

 

頭を使わなくてもできる野球になりつつある

おそらくですが、このイチローのこの発言は、MLBにおけるデータ偏重の野球のあり方を批判しているんだと思います。具体的には以下の2点だと思ってます。

・失点を防ぐために、極端な配球、極端なシフトを引く

・得点につながる指標のOPSを意識した長打狙いのバッティング

 

正確に補足するのであれば、MLBには各チームに戦術を決定する専門のデータアナリストが存在するので、「(野球プレイヤーが)頭を使わなくてもできる野球になりつつある」という意味なんだと解釈しています。

 

で、僕の意見としては

・野球見てる人は、野球に頭を使ったプレイを求めているのか?

・頭を使ったプレイを、観客が実感できるレベルで体現できている選手はいるのか?

という疑問があるので、イチローの意見に否定的です。

 

観客はもっと単純に「推しのチームの勝敗がきになる」「好きな投手が抑える」「好きな打者がヒット、HRを打つ」ことを求めていて、プロレスのような力と力のぶつかり合いが見たいんじゃないでしょうか?

 

決まったコースに100%投げられる投手と、100%ヒットにできる打者が存在しない以上、駆け引きには運の要素が大きく絡むので、僕のような一般人から見ると、野球には「頭の要素」が入り込む余地が圧倒的に少ないと思います。

(これがパワプロの試合だったら、頭を使わないといけないとは思います。

 

「頭を使う」というのが「バントや塁上での駆け引き」のことを言っているのか?とも思ったんですが、確かにそう言った部分はもうあまり取り上げられなくなってきたのかな、とは思います。

まあ個人的にはあまり楽しい部分ではないと思うのでどうでもいい箇所ですが。

 

合理的な野球はつまらないのか?

僕の友人はMLBがつまらなくなった原因に、「野球における全データの可視化」と「勝つためだけの合理的な戦略を取ること」だと言っていました。

後者の合理的な戦略に関しては、日本も昔から「強打者に対しては敬遠してる」「ON(王・長嶋)の時代から極端なシフトを引くことはあった」と思います。

ただ、最近のMLBは別に強打者じゃなくても気持ち悪いシフトを取りがちなこと、

「全データの可視化」で野球選手の能力がわかってしまうことがつまらなさに拍車をかけているのでしょうか。

 

ただ個人的には可視化が野球にもたらした恩恵はすごいと思っていて、

こんなのがあります。カメラの高性能化のおかげでこんな恩恵がありました

スタットキャスト - Wikipedia

 

また、Wikipediaに載っている以外にもデータを紐解くとこんなことがわかりました。

・球速がそこまで早くないのに、空振りを誘うストレート

→回転数が高く、一般的な投手のストレートの軌道と違うからでした

・変化量は大きくないのに、当てられない変化球

→回転数や角度が他の投手と違い、いわゆる「キレ」があるからでした

・打率が高いのに得点に結びつかない選手がいる

→得点に結びつくのは、OPS(出塁率長打率)でした

・パワーとHRの相関がイマイチ不明瞭

→HRはバレルとの相関があり、フライボール革命が起きました。

・豪快なフォームで投げたほうが球威があって、コントロールも安定する

→どちらかというと手投げに見える、ショートアームが流行しつつある

 

データ分析するよりも個人で考えた方がいいに決まってる論

たとえば守備位置。「この打者はここ」と指示されれば、投手や打者の状態から打球方向を予測する作業が不要になります。もし逆方向に飛んできたら「データが間違っていた」で終わりです。打者にしてもデータ通りの球種、コースでなければ、打てなくても「データが間違っているから」で済ませる選手も出てくると考えられます。

 

目の前の試合の勝敗だけを考えれば、それでも良いのかもしれません。選手にしても、責任を取らずに済む仕事が増えて楽になるでしょう。ただ、この流れは結果的に選手の価値を下げる気がしてなりません。見ている側の人たちも、プレーヤーの感性が反映されないシーンの増加を歓迎しているのでしょうか。

「データに頼らず、守備位置は個人個人の頭で考える」のと、

「データを利用してチーム全体でシフトを作る」のだと後者の方が良くないですか?

そしてデータは確率論なので、たとえ数回ミスしたとしても長い目で見たら間違いなくデータを利用した方が期待値はいいです。

で、かつ自分で守備位置変える人ってそもそも守備範囲が広いんで、シフト変えたところで見せ場が減るとかないと思うんですよね。

むしろ個人の頭で考えた方が目の前の試合の結果を拾いに言ってる気がしませんか?

 

選手生命が10年を切るような短い選手人生でそこまで守備位置にこだわれる人っているんですかね?だったら、効率的にデータ活用してそれ以外のところで実力発揮した方がいいんじゃないんですかね・・・?

プロ野球選手の進路調査をNPBが発表。短くなる選手生命、求められるセカンドキャリア準備│HALF TIME Magazine

 

別にイチローやこのコメントをしている野球選手を揶揄するわけではなくて、日本って全体的に「データを超越した」っていう響きだったり精神論が大好きだと思っています。

なので「データを活用して効率よくプレイするのは邪道」で、「たとえ失敗しても自分の道を進んだ奴が偉い!(大半のやつは失敗するけどなw)」みたいな風潮ありますよね。普通にくそくらえって思います。

 

その他ツッコミどころ

このままでは、データを超越した活躍でワクワクさせる選手が減ってしまう。「この投手がここに投げたら、この打者はセカンドゴロになる」といった風に予測がつきやすいスポーツになってしまう。そうなると野球離れがさらに加速してしまうかもしれません。

データを超越した活躍って、結局「人気」なんじゃないですかね。

でもBIGBOSS見てると、人気だけじゃファンって離れていくんだろうなって感じてます。来年どうなるんですかね、めちゃ楽しみ

 

あとはインコースとストレートが得意なバッターに対して真っ向勝負するのが、面白い野球なんですかね?徹底して苦手なところだったり、期待値の低いところに投げ込むのって責められる戦術なんですかね?

 

ソフトバンク柳田悠岐選手やオリックス吉田正尚選手なんかは、大胆に右方向を固めたシフトを敷かれても、困った時は反対方向や野手がいない場所に安打を飛ばしたりもしています。データはあくまでデータに過ぎません。考えや感性もバランスよくミックスさせてファンを驚かせる選手が減らないことを、個人的に願ってやみません。

これってわかりやすくシフトの勝ちで、

「シフトなしで得意な方向に長打打つ確率」「シフトありで苦手な方向に長打を打つ確率」比べたら、後者の方がOPS低くなるんですね。これがメタゲームなんですよ。

もっとわかりやすくいうと肉を切らせて骨を断つっていいます。やってること敬遠と一緒なんですけど、やっぱり人間の力でデータに勝つっていう成功体験が、結果OPSを下げている事実を認識できなくなってしまうんですよね。

 

結論

色々話したけど、言いたかったまとめます

  • 野球は考えなくていいスポーツになったのではない
  • 技術進歩と分業化で選手の役割が減っただけで、むしろ無駄が効率化されて洗練化された
  • 効率化された野球が面白いかは人によるところで、特に昭和生まれあたりの人には受け入れ難い部分がありそう
  • 観客動員数は、コロナ除けば少子化にも関わらず伸びているところではあり、むしろ分かりやすくなって人気になってるんじゃない?
    (個人的に打球速度とストライクゾーンと球種の表示めちゃ好き
  • 野球というスポーツから不明瞭なところがなくなって、精神論とかも追い出せるとスポーツとして健全になっていくんじゃないんですかね